2012年8月31日金曜日

事実認識の限界について

>それとも、あくまで、「事実」認識という手段には限界が無いということなのでしょうか。

>限界はない、と思います。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=1350

私もこの投稿に同感です。

白ワインって、どう見ても白ではなくてどちらかと言うと黄色に近い色ですよね。しかしそれがなぜ白ワインかというと、昔フランス語には白、赤、黒の3色しか色を認識する言葉がなかったそうです。そのためどんな色もその3色の中の最も近い色にふりわけられ、現在認識されている黄色という色は、「白」だと思われていたそうです。しかし実際、「事実」としてその3色では言い表せない色はあったわけで、そのような事実認識→事実の共認から、それ以外の色があるという認識が広がり、新しい色を表現する言葉も生まれ、今ではちゃんと他の色(緑や青やオレンジなんか)の認識がありますよね。(余談ですが、私は今、36色クレヨンセットを持っています)。

2012年8月29日水曜日

否定を超えて可能性基盤へ

我々は、単に個人主義という古いものを否定するだけにとどまるつもりはない。 我々は新しい可能性を探ろうとしているのだ。
 現在は個人とは、社会や全体から目をそむけ、諸要求や私的要求の対象としてしか社会を捉えず、ひたすら私生活に逃避していく性向を持った存在に過ぎない。しかし「人間は全くそんな情けない存在でしかあり得ないのだろうか?」
 現在の議論は、主体の中に、社会や集団全体を対象化する機能は普遍的に内在していないのか?あるとすればそれが発現される条件は?などを探る議論だと思う。 
 

2012年8月27日月曜日

大転換期の予感と事実の追求

人々は、これまで無数の常識(規範とか観念。現在もっとも支配的な観念は、自由とか個人とか人権だと云って良いでしょう)に則って家庭生活を営み、あるいは経済生活を営んできました。しかしその結果が、先進国における全面的な行き詰まり(世界バブル・財政破綻・環境破壊・精神破壊)であり、崩壊の危機であるとすれば、それらを導いてきた常識群の根幹部が(従って、大部分の常識が)根本的に間違っているからだと考えるしかありません。おそらく人類は今、全文明史を覆すほどの大転換期に入ったのではないでしょうか。

2012年8月25日土曜日

実現論の基礎となる知識について

実現論では、既存の学者やマスコミを厳しく批判しています。
 それは彼らが古い固定観念に縛られて、新しい変わりつつ現実を対象化出来ていないからです。

 しかし、私たちは専門の研究者ではありません。仕事の傍らでの勉強会ですから、新聞や書物などから入手できる中から、確かと思われる情報を、集めて議論するしかありません。

 私たちは様々な書物から、可能な限り学者の主観を除外して、まず確かな事実を探りました。足りないところは、論理的に補いながら、全体を整合させうるような新しい構造を、切り口を模索してきました。

 例えば、男女関係の問題について、私自身、現在の一夫一婦制に全く疑問など持ったことはありませんでした。しかし、現実の様々な問題を前にして、日本の婚姻史、世界婚姻史、未開部族の婚姻様式等を学ぶ中で、それは近代のごく限られた文化での固定観念に過ぎないことが判りました。
 さらにその実現基盤(本能の構造)を探るため、勉強会のテーマはサル社会、哺乳類一般へと進んで行ったのです。
 その過程は、事実と考えていたモノが、違ってたり、新たな事実が出てくれば、また、議論を重ね、認識を組み替えるといった行為の連続でした。

 このような過程を経て形成されたのが、実現論です。
 そして、現実を見るとき、現実に働きかけるとき、その認識が現実から遊離していないか、有効に機能しているか、常に検証を重ねつつ現在に至っています。
 
 確かに勉強会での、その形成過程を共有していない人には、理解が難しいところが多く、論自体もまだまだ未熟です。
 これからもっと開かれた議論を通して、改良・進化していくことが必要です。
 この掲示板での、皆さんの率直な意見や感想を期待しています。

玉川泰行

2012年8月23日木曜日

富永仲基  ~江戸時代大坂で儒教・仏教・神道を批判した町人学者

富永仲基  ~江戸時代大坂で儒教・仏教・神道を批判した町人学者


富永仲基は江戸時代大坂の町人学者。懐徳堂(官許の学問所)の学風である合理主義・無鬼論の立場に立ち、儒教・仏教・神道を批判しました。
 

2012年8月22日水曜日

脳波いろいろ

シャーマンがトランス状態に入っている時、脳内ではシータ波やデルタ波など低周波が出ているといわれています。
どんな波なのでしょうか?

「變性意識へダイブする シータ波と云ふ腦波そして其れを司る海馬」
阿修羅より引用
http://www.asyura2.com/10/bd58/msg/184.html

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現在、脳波の解析により、脳波についてはここまで分かってきています。

2012年8月21日火曜日

生命は自然現象の中にリズムを見出し、受け継いできた

私たちは互いにリズムが合った時、なんとも言えない心地よい感情が沸き起こります。それは人間には共感機能=同化回路があるからだと考えていましたが、(もちろんそれは正しいですが)それだけでは説明できない生命としての根源的な共鳴を感じているのかもしれません。
あらゆる自然現象は波=リズムを持っており、私たちは進化する過程で、自然現象の中に呼吸のリズム、心臓のリズム、生殖のリズム、脳のリズム等を見出してきました。
「リズムが合う」というのは、生命が太古の昔から受け継いできた「振動する身体」を今を生きる仲間同士で確かめ合っている瞬間なのかもしれません。


未来部族「心臓の鼓動と生命リズム」より引用

http://www.ne.jp/asahi/r/s/rave/heartbeat.html

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なぜゴアトランスのレイヴパーティーでかかる音楽は、どれも同じような120BPM(1分間の拍数)前後の単調な四つ打ちリズムなのか。これには深い理由があると僕は思っている。リズムには特別な力があるのだ。
 アフリカのパーカッショニストなどはよく「太鼓は心臓の鼓動だ」と言う。胎児は10か月の間母親の胎内で心音に包まれ羊水に浮かんでまどろみ続け、オギャーと生まれる。生まれたばかりの赤ん坊は心音を聞かせると安らぐというし、コインロッカーベイビーズ(村上龍の名作)のキクとハシという少年は、やはりその心音を原記憶として持ち続けた。心臓の鼓動は僕らが生きている証であり、太鼓の音はその原記憶を呼び覚ますのだ。そしてゴアトランスのドラムのスピードは我々の心拍数にも近い。
 シャーマンたち(特に北米やユーラシア大陸)が太鼓を、変性意識に入って精霊の世界に赴くための「乗り物」にするということももちろん忘れてはならない。しかもそのリズムは、やはり100~120BPMくらいなのだ。

追記)BPM=Beat per Minutes

2012年8月20日月曜日

「科学」は「中立である」はずはない

「科学」は「中立である」わけではない。あるはずがない。
科学は、「客観的」というよりは「絶対性」の追求だから。
ということを端的に分かりやすく説明されている記事があったので紹介します。

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中立性と科学者 ~・あなたは原発派なの?脱原発派なの? 社会的存在としての人間・~現状把握研究所http://kakka916.blog110.fc2.com/blog-entry-21.html

2012年8月19日日曜日

専門分化による高度化・効率化には大きな限界がある

6/10なんでや劇場で展開された議論の要約です。
> 運動を成功させるには、理論が必要になるし、広宣活動も必要になるし、情報収集も必要になるが、理論を追求するにも、広宣活動を展開するにも、情報を収集するにも、膨大な余力(時間)が必要になる。そして、もちろん、それらの活動は、何れも専任した方が集中できて高度化してゆくので、専任化した方が有利になる。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=264228

「専門分化した方が高度化する」というのは本当だろうか?

この問題を考える上では、まず集団の分化には2種類あることを押えておかなければならない。一つは、集団の統合のためのタテの『統合分化』、もう一つは、高度化・効率化のためのヨコの『専門分化』であり、この2つは分けて考えなければならない。